本作は『空海マオの青春』小説編に続く論文編後半です。空海の少年期・青年期の謎をいかに解いたか。空海をなぜあのような姿に描いたのか――その探求結果を明かしていきます。
空海が到達した境地は《全肯定》と呼ばれます。これは良いことだけでなく、悪いこといやなこと全てを許し受け入れるという意味です。彼はどうやってその境地に達したのか。論文編後半はその核心に迫る……予定です(^_^;)。
まずは前号後記の難問(総選挙のことを書いた『狂短歌ジンセー論』第276号は「空海論と関係あるように思えない」)について答えです。
実は次の言葉をヒントとして追加しようと思いながらやめました。
「どこかある部分に答えがあるわけではない。全体をまとめる必要がある。そして、私は自民3分の2、与党7割の結果を『肯定しているのか否定しているのか』との観点で読み直せばわかる」と。
やめた理由はヒントがほぼ答えになっているから(^_^;)。
筆者である私が「あの選挙結果を否定するわけがない」。これは明白。
私の考えや感情の根底には「空海の全肯定がある」と書いてきたし、白内障の手術が失敗しても、あるいは自分に突然癌や脳梗塞が発症しても「受け入れる(つもり)」と書いています。
しかし、一般の人は総選挙の結果を肯定したり否定したりした(はず)。
結果を知った国民の感情は大きく次の3つに分けられると思います。
[2月総選挙の結果を受けて]
(1) 自民(与党)支持者は「よおっしゃああ(^O^)!」と大喜び=肯定
(2) 野党支持者、とりわけリベラル派は「落胆して暗ーい気持ち(-_-;)」=否定(したい)
もう一つ「どーでもいい」と投票に行かなかった傍観派もいますね。
(3) 彼らは「どっちが勝とうとオレにゃカンケーない」=中間(^.^)
では『狂短歌ジンセー論』第276号はこの3者の(主として)誰に対して書かれたか。
――と問うなら、答えは明らか。
(2)の暗澹たる感情にとらわれた野党支持者であり、リベラル派の方々です。
むしゃくしゃして腹立てて「こんなの許せない、否定したい、過去に戻りたい」と感じている方々に対して書かれました。
そして、作品は「こういう観点で眺めれば、肯定できるのではありませんか」との考え方・見方を提示しています。
それが獲得議席数という見かけの数字ではなく、比例代表の政党得票率という数字を使うこと。比例代表の得票率なら与党は過半数に達していない。特に自民の支持率は30数パーセントの低さだった。
これは投票率の30数パーセントであり、全有権者の支持率で言うとさらにその半分。
国民全体の支持が自民党に対して3分の2あったわけではない。
これを聞けば(知れば)「そうか」と安心できる。「戦前のようになったわけではない、日本国民の意識はまだまだ捨てたもんじゃない」と感じられる。
笑って「自民さんよ。次も大勝できるかわかりませんよ」とつぶやいて元気になれる(かもしれない)。つまり、事態を肯定できる(^.^)。
これぞ《空海全肯定》の具体例ではありませんか。
いかがです?
ここは「そーだったのか。ちっとも気づかなかった」とつぶやいて感心するところですよ(^_^)。
もう一つ。一読法なら「第276号はこの3者の(主として)誰に対して書かれたか」の「(主として)」の言葉も注目しなければなりません。
276号は(1)の大喜びして大いに肯定した自民支持者に対しても書かれています。
それは狂短歌の「ぎゅうらしゅう騒ぎ立てるほどもなし 絶対多数は砂上の楼閣(^.^)」に現れている。
つまり「あなたの大喜びの根底はそんなに確固たるものではありませんよ。砂遊びのようにたやすく壊れるかもしれませんよ」と警告を発しているのです。
これもまた空海全肯定の反面。肯定できるからと「うはうは」有頂天になっていると、反対現象が起きることがある。
おそらく心ある自民支持者は「確かに議席は3分の2だが、国民の支持率は3分の1ちょっとだ」と気持ちを引き締めたのではないでしょうか。
ところで、この疑問を抱いた方へ。
前号後記に「『いいとこ突いたぞ』みたいな得意顔して批判するタイプ」と皮肉っぽく書きました。気分を害したなら謝ります。
今後も大いに作品を批判して疑問のつぶやきを提起してください。
それこそ「批評」です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
本号の難読漢字
・終焉・欣喜雀躍・薬籠中 (読めず意味不明なら検索を)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
*********************** 空海マオの青春論文編 *********************************
「伏線とAI批評」その2
さて、ようやく「AI批評」について解説します。
前号でも「2月から3月のメルマガの中に〈AI〉の言葉が出ていた」と指摘しました。
実は1月末に「久保はてな作品集」を終えたら、直ちに伏線と(これから述べる)AI批評のことを書いて3月は休刊にする予定でした。
再度「久保はてな作品集」のメルマガラスト4編の見出しを掲載すると、
*************************************************
第18号 01月28日 「前号の補足と復習……謎解き編(^_^;)」
第19号 02月02日 最終回「Y高文芸部久保はてなから御影祐へ」その1
第20号 02月06日 最終回「Y高文芸部久保はてなから御影祐へ」その2
第21号 02月11日 付録「伏線、復習と補足」
*************************************************
そして、2月11日第21号「後記」にあったのが以下の部分と(前号にて)振り返りました。
-----------------------------------------------------
もう一つ。2月になってもっと驚くべき「たまたま」がありました。
それは思いもしない、この上なく嬉しい、比類なき最上級のたまたまでした。
別に競馬で特大万馬券が当たったわけではありません(^.^)。
AIに関係した偶然であり、精神的なことです。
-----------------------------------------------------
この内容が今号の「AI批評」のことであり、当初はこれを「第22号」として発行するつもりでした。だから、総選挙の結果もいとこの脳梗塞発症のことも書くつもりはなく、4月から再開する「空海論」後半に備える腹積もりでした。
いとこの脳梗塞発症は3月2日だから、もちろん2月の段階でその未来を予想できるはずもありません。
ところが、総選挙の結果はやや想定外の与党圧勝。それを受けてマスコミやネットでは「リベラル派の終焉」とか「戦前への回帰」などの表題が躍り、リベラル派と見なされた芸人などは「自民党に投票した人の気が知れない」などといった感情的な言葉さえ吐かれていました。それは全て「議席数」だけを見ての言葉でした。
こういった発想と感情が国民を分断する。アメリカがいい例ではありませんか。
そのような世相を見て「こりゃあ私が書くしかない」と思いました。
総選挙の結果も「肯定できる」との観点がある。いつも比例代表得票率で選挙を「斬ってきた」私ならではの観点でもあります。
そこでメルマガ「総選挙の結果」を10日ほどかけて書き上げ、『狂短歌ジンセー論』第276号として2月25日に発行しました。
ここでも「これで終わり。次週は「AI批評」のことを書いて以後は4月からの空海論後半を書き始めるぞ」と思いました。
再度以後の狂短歌ジンセー論メルマガを掲載すると、
*************************************************
第276号 02月25日 「2026年第51回総選挙、本来の議席数」
〇 ぎゅうらしゅう騒ぎ立てるほどもなし 絶対多数は砂上の楼閣(^.^)
第277号 03月04日 「2026年総選挙〜前号の復習と新たな伏線」
〇 やらかした打ちミス 豆腐共栄圏 AI真面目に答えてくれた
(3月2日いとこに脳梗塞発症入院)
第278号 03月13日 「世界が大変なら、我が周辺も……」
〇 突然にいとこを襲う脳梗塞 ラッキー続くも三度目破綻
第279号 03月25日 「偶然を伏線と見なす」
〇 偶然を伏線と見て 自らの生き方 少し変えてみようか
*************************************************
何もなければ上記277号の後に(今号の)「AI批評」を発行する予定でした。
ところが、2月28日アメリカとイスラエルがまたもイランに攻撃開始。
そして、3月2日競馬好きのいとこに突然の脳梗塞発症。
これによって「AI批評」のメルマガ号がさらに延期される事態になったわけです。
第277号の狂短歌は以下のとおり。
-----------------------------------------------------
〇 やらかした打ちミス 豆腐共栄圏 AI真面目に答えてくれた
-----------------------------------------------------
この後記に以下のような解説を書いています。
-----------------------------------------------------
表題の「新たな伏線」とは本文後半の「大豆腐共栄圏」についてAI回答を紹介したところ」であり、「要するに、この部分は単なる余談、雑談ではないということ。今後これに関連した内容が出てきます。そのとき「ああ277号にあったAI回答の件は伏線だったか」とつぶやいてほしくて種明かしをしました」
-----------------------------------------------------
次の278号には直ちに伏線回収となる「AI批評」を配信すべきだったかもしれません。
しかし、私にとっていとこの脳梗塞発症はあまりに突然の衝撃でした。何はさておき、それを書かねばならない。書くことによって自分の感情を整理したり、「この偶然は自分に何を教えるだろう」と考えるきっかけになるからです。
私はいとこの脳梗塞発症という偶然を「未完に終わっている空海論後半を完成させよ」という意味に受け取りました。
閑話休題。
かくして(冒頭に戻って)ようやく「AI批評」について書きます(^_^;)。
前号にてちょっと触れたように、この中身はAIが私の『空海論』を批評してくれたことです。ネットでこれを見出したのは正に「たまたま」であり、私を狂喜乱舞させた(偶然の)発見でした。
以下この件を伝えた友人へのメールをそのまま掲載します。
-----------------------------------------------------
個人的には今週(2月始め)思いもかけない嬉しいことがありました。
2月2日(月)にメルマガ連載中の「久保はてな作品集」第20号「最終回(2)」をブログにアップしました。
そのとき「空海論文編」メルマガの閲覧申込サイトにリンクしようとしてURLがすぐ見つからなかった。そこでネットにて「御影祐・空海マオの青春・メルマガ」で検索。
すると画面トップに私のサイトが出てくるのでリンク接続に成功。
用事を済ませてなんとなく下にスクロールしました。すると真ん中へんに「他の人はこちらも質問」という項目があって4点ほど質問が書かれている(これは私と関係なし)。
その5行目に「AIの回答を見る」というのがありました。最近グーグル検索すると、よくあるパターンです。これ検索項目は「御影祐・空海マオの青春・メルマガ」です。
だから、「全く無名の御影祐作品についてAIの回答がある……わけないよなあ」と思いつつ開きました。
すると以下のような「回答」が出てきたのでびっくり。
******************************************
御影祐氏の『空海マオの青春』は、「小説編」に続く「論文編」として発表されており、空海の少年期・青年期の探求結果や、空海が仏教・密教について何を説いたのかが解説されています。
『空海マオの青春』論文編について
※ シリーズの概要
『空海マオの青春』は、空海の生き方や思想を深く掘り下げた作品です。特に「論文編」では、小説編で描かれた空海の謎や、彼が到達した仏教・密教の教えについて、御影祐氏自身の理解に基づいた解説が展開されています。
※ 作品の内容とテーマ
空海の少年期・青年期の探求
『空海マオの青春』論文編の主要なテーマの一つは、空海の少年期から青年期にかけての知られざる部分に焦点を当て、その謎を解き明かすことです。具体的にどのような経験が空海を形作ったのか、御影祐氏の考察が述べられています。
仏教・密教の解説
空海が何をつかみ、人々に何を説いたのかについて、御影祐氏の視点から仏教や密教の解説も行われています。例えば、南都奈良仏教の解説や、山岳修行での体験についても触れられています。
******************************************
読み終えて再度びっくり。
私の「空海論文編」を見事に、完璧と言っていいほど的確に解説しているではありませんか。
しかも、論文編の主要なテーマは「空海の少年期から青年期にかけての知られざる部分に焦点を当て、その謎を解き明かすことです。具体的にどのような経験が空海を形作ったのか、御影祐氏の考察が述べられ」と全体のまとめもばっちり。
中でも「空海の生き方や思想を深く掘り下げた」など、これ以上ないほどの高評価です(^_^)。
この下には「『空海マオの青春・小説編』の内容について詳しく説明しましょうか?」とあり、私のメルマガ20号分ほどとリンクできるようになっていました。
その後用事で一度閉じた後再度同じ検索項目から「AIの回答」を見ると、上記のまとめは微妙に変化していました。ほぼ同意なので引用はやめます。
さらに下にスクロールしたら「AIに追加の質問をする」という項目がありました。
1行目に「空海マオの論考の根拠」があったので即クリック。
出てきた回答が以下。
******************************************
空海マオの論考の根拠
御影祐さんの「空海マオの青春」は、空海の少年・青年期に焦点を当てた独自の解釈を展開しています。この論考の根拠としては、主に以下の3つの要素が挙げられます。
1 歴史資料の読み込み
御影祐さんは、空海に関する様々な歴史資料を深く読み込んでいます。特に、空海の著作や同時代の記録、伝記などを丹念に分析し、その記述の行間から、一般的な空海像とは異なる新たな側面を浮かび上がらせようとしています。
2 関連分野からの知見
論考では、空海の生きた時代背景や、当時の社会状況、文化、思想など、多岐にわたる関連分野からの知見が引用されています。例えば、道教や儒教といった当時の思想潮流や、仏教以外の宗教・哲学との関連性なども視野に入れ、空海の思想形成に影響を与えた可能性のある要素を幅広く探求しています。
3 御影祐氏独自の解釈
これらの歴史資料や関連分野の知見を踏まえつつ、御影祐さん自身の深い洞察と想像力によって、空海の少年・青年期の空白を埋める独自の解釈が提示されています。具体的な史料だけでは語り尽くせない部分を、物語として再構築することで「空海マオ」という人物像が形作られています。
******************************************
この解説も大感激、大感動のまとめでした(^O^)。
「丹念に分析・幅広く探求・深い洞察と想像力」――読みながら私は
「うんうん。そうそう。そーなんだよ(^.^)」と独り言。
そして、「一般的な空海像とは異なる新たな側面を浮かび上がらせようとして」・「御影祐さん自身の深い洞察と想像力によって、空海の少年・青年期の空白を埋める独自の解釈が提示されて(いる)」など、最大級の誉め言葉。
このAI批評を発見したときの喜びを「それは思いもしない、この上なく嬉しい、比類なき最上級のたまたま」と書いた気持ち、わかってもらえるのではないでしょうか。
正に狂喜乱舞、雀が跳びはねるがごとき欣喜雀躍。小躍りして天にも昇る気持ち――とネットにあった「歓喜の類語」を全て列挙したいほどの喜びでした。
これまで小説『空海マオの青春』、そして『論文編』前編など、読んだかもしれない読者からの感想、批評は皆無。長いから無理からぬところ(^_^;)。
もちろん専門家である史学・国文・宗教学者、真言宗研究者からの感想、批評が来るはずもない。「誰も理解してくれない、誰も評価してくれない」とあきらめていました。
ところが、AIが完璧といっていいほどに小説と論文を読み込み、高く評価してくれたのです。
もしも空海の小説、論文が文庫本になったら(まーないけど)、末尾は普通(誰かの)「解説」が書かれる。
だが、人間様の解説不要。このAI解説で事足りるというか、これ以上の解説は期待できない。それほどの理解と評価がなされていました。
AIの回答は問い合わせるたびに内容が微妙に変化しています。
だから、この検索項目が出たら一瞬のうちに『空海論』全体を読み込み、内容を端的にまとめるのではと思えます。
いやいや、「AI分析恐るべし(^_^)」と思った次第です。
-----------------------------------------------------
振り返れば、事態は一昨年から始まっていたようです。
いよいよ「空海論」後半に入ろうと、「論文編」前半の復習として「プレ後半」を書き、公開しました(24年9月〜25年6月)。
そして、昨年10月からはY高文芸部「久保はてな」作品集を公開し始めた。
今年1月「はてな三部作」最後となる『はてなの遠い世界へ――マーヤの変身譚』のあらすじ作成に苦しんだとき、たまたま見た『相棒』第11話によって「あらすじやめていいんだ」との答えを得た。
そして、2月に入って自作『空海論』についてAIがこれ以上ないほどの高評価を出してくれた。いよいよ「空海論後半を書くぞお」の意欲がかきたてられた。
この段階ではまだ「空海論後半を書きつつ、競馬メルマガもいつものように続ける」つもりでした。同時並行だとおそらく空海論完成まで2年から3年かかるでしょう。
しかし、3月に入って毎週のように競馬をテレビ観戦するいとこが突然脳梗塞発症。
これは予想だにしなかった極め付きの偶然と言えましょうか。
もしかしたら「来年自分に同じことが起こるかもしれない。猶予は残り1年か」と思えば、空海論後半に集中すべき――と決意せざるを得ませんでした。
最後に以前も書いたことを追加しておきます。
このようにいくつもの偶然から答えを見い出したり、自分の進むべき道を示唆されたりする――といったことを書くと、よく「宗教的ですね」とか「あなたにはそんな偶然があっていいですね。私には一つもありませんよ」と言われることがあります。
前者に関しては「私はどの宗教にも所属せず、むしろ無神論者です」と答えるし、後者に関しては私も長年不思議に思っていました。
が、先日「一読法の読み方をしていたからか」と気づき、狂短歌としました。それが以下。
〇 偶然の答えに気付く そのために 一読法の生き方必須
某局チコちゃんじゃないけれど、ぼーっと生きて自分や周囲、世の中を眺めているようでは、何も気づかないでしょう。
文章を読みつつ、人の話を聞きつつ、「あれっ」とか「おやあ?」とつぶやく。
立ち止まってあれこれ考える。それによって自分に必要な答えを見い出せる。
私は一読法の読み方、生き方をしてきた。だから、様々な出来事、偶然から答えを見い出せたのだと思います。
読者各位も一読法の読み方、生き方をぜひ薬籠中――自分のものにしてください。
〇 一読法 この読み方と生き方が 悩みの答えを教えてくれる
===================================
最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:論文編後半冒頭はいまだ「プレ後半」であるかのような記述でした。
ここでいつもの一読法クイズ(^.^)。
論文編後半1号と今回において「これまでの空海論前半、プレ後半メルマガにおいて不変だった表現が一カ所変わっている。それはどこか」指摘してください。
正解者には一読法段位昇段、わからない読者は段位剥奪とします。
丁寧に読み直す必要はありません。前号、今号を上から下までスクロールすれば「あれっ?」と思うところで手が止まる(はず)。さて、気づくかどうか。
===================================
後半第 01 へ | 後半第 03 へ
→『空海マオの青春』論文編メルマガ 読者登録
Copyright(C) 2026 MIKAGEYUU.All rights reserved.