本作は『空海マオの青春』小説編に続く論文編です。空海の少年期・青年期の謎をいかに解いたか。空海をなぜあのような姿に描いたのか――その探求結果を明かしていきます。空海は何をつかみ、人々に何を説いたのか。私の理解した範囲で仏教・密教についても解説したいと思います。
異常気象の話題は前号で切り上げる予定でしたが、9月末彼岸の3連休に能登半島で甚大な水害が発生したので、取り上げます。
土日二日間で2ヶ月分以上の雨が降り、多数の河川の氾濫、土砂崩れでまるで津波の後のような状態になりました。元日の地震に耐えた新築の家とか、被災者がようやく入居した仮設住宅などが浸水被害を受けています。
今年二度目となる被災に心折れるのではと思って被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。
7月から8月の猛暑は北海道を除いて9月になっても続きました。
私はこの間「空海論の後半をどのように書こうか」と思いつつ、世の中のもろもろを眺めていました。気候関係のことは前号に書いた通り。
国内外において大きな話題が結構ありました。
世界ではパリオリンピックにパラリンピック開催。東京オリンピックでは観客ほぼ不在、声出し禁止だったので、応援のある競技や試合は新鮮な感じで、選手もさらに力を出しているように見えました。
また、アメリカ大統領選で高齢現職が辞退して女性副大統領が候補に昇格、花札元大統領と文字通り雌雄を決することになりました。
かたや日本国内では8月の四国地震後、一週間にわたって「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発出。ちょっとした衝撃でした。テレビでは津波警報とか注意報のように、毎日24時間その注意が出続けたからです。当該地方は否応なく何らかの準備をしなければならないと感じたことでしょう。
そして、どうやらそれと関係ありそうな「令和の米騒動」。
これは東京から始まって地方にも波及。私はすぐに2011年3月11日の東日本大震災を思い出しました。
当時東京町田市にいたので、あの日夜都心のスーパーに人々が集中して物がなくなっているとのニュースがあり、翌日「まさかなあ」と思いつつ近くのスーパーに行ってびっくり。
店内は多くの人でごった返してレジは1時間待ち。ほとんどの棚から食料品が消えていました。
私は一人暮らしだし、普段から20日は部屋に閉じこもれるほど食糧を蓄えているので、スーパーの喧騒を横目に帰宅しました。
別に災害対応をしていると自慢したいわけではなく、買って使わない食料品がたまっているだけです(今もそう)。袋麺なぞ賞味期限切れ1年後でも食べていました。
令和の米騒動はそこまでいかないにせよ、「スーパーや米屋を数軒回った。お米が一つもない」と聞けば、不安にかられる。政府は「お米は足りている」と盛んに言っていたけれど、それが信じられない。思うに「取りあえず一袋備蓄してもう一袋買っておこう」――てなところでしょうか。
オリンピックに戻ると、日本人による連日のメダルラッシュに大いに沸きました。
日本のメダルは金20、銀12、銅13――計45個は海外開催では過去最多。世界の3位となりました。日本人個人やチームの大逆転とか、初のメダルなど話題は豊富でした。
一方、パラリンピックの日本は金14、銀10、銅17――計41個で世界の10位。
もっとも、若干ひねくれ者の私は「ロシアが参加していないからな」と思ったし、しばしば「ウクライナ」の選手の名を聞きました。特にパラリンピックのウクライナは世界7位の金22個を獲得していました。
結局「せめてオリンピック期間中だけでも停戦を」とはならなかったようです。逆にウクライナ戦争は新たな展開を見せ、開戦後初めてウクライナがロシア西部に越境攻撃して一部占領しました。ロシア国民13万人が避難したとのこと。
停戦にならなかったのはガザも同様で、パラリンピック中から9月末現在も戦火が途絶えることはありません。
すでにガザの死者は4万人を超えています。かたやイスラエル側の(民間人)死者は当初の1000人ほど。ただ人質は続いており、時折空爆などで亡くなったとの情報も流れて来ます。
私たちはガザの被害を強調して停戦を求めるけれど、欧米の人々は最初のハマス侵攻と人質を取ったテロ行為をそれ以上に問題視している感じです。
8月9日、これに関連する話題がありました。長崎の原爆記念日、長崎市はロシアとイスラエルの大使を式典に招待しなかった。それを知った米英仏などG7国大使が式典を欠席して「抗議の意を示した」のです。6日の広島でこのことが話題とならなかったから、広島ではイスラエルの大使を招待したのでしょう。
私はアメリカと日本人の原爆や戦争に対する考え方の違いを見るような気がしました。
アメリカでは今でも「原爆投下によって戦争を終わらせた」とか、日本人が原爆の悲惨さを訴えると、「リメンバーパールハーバー」の言葉が返って来ることがある。
宣戦布告なき真珠湾攻撃によって何人死んだか。日本人はあまり知らないようです。
ウィキペディアによると、戦死者2334名、民間人死亡68名とあります。奇襲攻撃によって二千数百名の死者が出たことは当時衝撃をもって迎えられています。
対してその後米軍の日本への攻撃による死者――特に1945年の沖縄戦、本土空襲、そして広島長崎の原爆によって多くの民間人が亡くなっている。日本の死者数は比べものにならないと思うけれど、アメリカの人は「リメンバーパールハーバー」の方が重いと考えるようです。
オリ・パラ開始前、心の問題が噴出した辞退劇がありました。
オリンピック直前ある女性選手(19歳)の喫煙飲酒がばれて代表を辞退。チームの中心選手だっただけに、国内では「厳しすぎる」から「当然だ」まで賛否両論。
また、別の女性選手(41歳)はパラリンピック前に同種目のライバルであった有力選手をSNSによって誹謗中傷したことが発覚、裁判となっており、8月に判決が出ました。賠償命令を受けた彼女は相手に謝罪してパラリンピックを辞退、帰国しています。
かたやストレスとプレッシャーに耐えかねて飲酒喫煙に、かたやライバルを貶める行為に走った。残念な辞退であり、心の弱さが噴出した例と言わざるを得ません。
また、ライバル国選手のミスによって日本チームが大逆転の金メダルを獲った――というのも目を引きました。体操男子団体です。
そもそも日本のエースが不調で、最終種目鉄棒を残して日本は銀、中国の金がほぼ確定。両国の間には「絶対逆転できない」ほどの点差がありました。
ところが、中国選手が一度ならず二度も落下。日本の大逆転金メダルとなりました。
日本人選手の歓喜、かたや中国選手の消沈した表情が印象的でした。二度も落下した選手は立ち直れるだろうかと思って痛々しい感じでした。
中国SNSでは「何やってんだ」と非難の声、かたや「仕方ない。よくやった」の声が交錯していたそうです。終わって「あれがなければ」とつぶやくことは大いにある事態で、どう受け入れるか、その後どう生きるか問われるところです。
対戦型スポーツや採点競技は相手のミスで勝つことがある。もしかしたら、オリンピック会場やテレビ観戦した視聴者の中に「失敗しろ!」と祈った人がいたかもしれない。日本の大逆転金メダルはそれが実現した例でした。
祈った人は事後どう思ったか。「祈りがかなった」と歓喜したか。あるいは怖くなったか、後味の悪さを感じたか。これも心の問題でしょう。
その一方、東京で金メダリストとなっていたある女性選手は連覇を目指したけれど、予選でミスを多発。決勝の上位8人に入れそうになかった。しかし、その後演技する一人か二人がミスすれば、決勝に進める位置でした。
彼女は「そのために人が失敗することを祈りたくない」と言って予選敗退となっています。
心の問題も差別偏見の話となれば軽く見ることはできません。
花札元大統領が副大統領と初のテレビ討論会で、「移民がペットの犬猫を食べている」と発言しました。司会者が「そのような事実は報告されていない」と訂正したけれど、花札陣営はそれを信じているようです。
独裁者は周囲の出来事を吟味検証して考えるのではなく、自分の考え・感情にあった報告を事実・真実として取り上げる――典型的な例でした。
イギリスでは7月に少年がナイフで次々に人を刺して子ども3人が死亡する事件がありました。その後「犯人は移民だ」との声が広がり、暴動となって1000人以上が逮捕されました。当局が「違う」と訂正してもおさまらなかったのです。
思い出すのは日本の戦前。1923(大正12)年9月1日、関東大震災で朝鮮人狩りがありました。「日本人を殺そうとしている」とのデマが広がり、逆に虐殺される事件でした。一体何人殺されたかわからないままです。
東京両国の都立横網町公園には「朝鮮人虐殺犠牲者の慰霊碑」(73年建立)があります。そこには犠牲者数「六千余名」と刻んであり、毎年9月1日、日朝関係者が追悼式典を行っているそうです。
あのときはまだ情報機器が未発達で口伝えのうわさが被害を拡大した。だが、現代はテレビ・ラジオ・パソコン・スマホとたくさんの情報媒体がある。なのに、逆にフェイクニュースが広がってしまう。だけでなく、それを信じてしまう。さらに復唱、拡散するという行動に出る。
これも独裁者と同じ(だと思います)。移民への反感、政府への不満を抱えた人はその感情に合致する情報を、疑うことなく「真実」と見なす。だから、たやすく信じるし、自分は正しいと思って行動に移す。思い込みを訂正するのはとても難しい例と言えます。
また、九州以外ではあまり大きな話題にならなかったかもしれないことに福岡―韓国間を往復する高速艇の隠蔽問題があります。
JR子会社が運営するクイーンビートルという高速艇が浸水していたのに、会社ぐるみでそれを報告せず、3か月間航行を続けていた。浸水の隠蔽は前社長の指示でした。
この報道を受けて2年前の4月、北海道知床であった遊覧船沈没事故を思い出した人も多いと思います。乗員乗客26人が死亡(20人)、行方不明(6人)となっています。
事故の原因として当時波が高かったことの他、船首甲板部のハッチの蓋が密閉されていなかったこと、船体下部の隔壁に穴が開いていたことが指摘されています。きちんと整備されていたら沈没は免れたかもしれません。
今年9月18日運航会社社長が務上過失致死などの疑いで逮捕されました。
2年前の遊覧船沈没事故を思い起こせば、浸水を隠蔽して運航を続けるなど考えられないでしょう。しかし、担当者も社長も隠蔽した。九州JR社長も陳謝したけれど、JR貨物では検査不正が発覚しています。また、トヨタも検査不正があったことが報告されています。
私は『続狂短歌人生論』第12章38号「日本的カーストという絶望」の中で「日本人の上には逆らえず、社長になっても下の者意識を持っている」ことがこれら組織の不正の温床になっていると指摘しました。
最後に8月末から9月にかけて某兵庫県知事のパワハラ、おねだり疑惑の数々がテレビをにぎわせました。詳細は割愛します。この場合はトップに立って独裁者となった例でしょう。
さて、これらもろもろに関して空海論に関係する結論じみた考えを書くと……
いずれも「あり」ということです。
ストレスとプレッシャーに耐えかねて飲酒喫煙に走る。
ライバルさえいなければと思って誹謗中傷をSNSに書き込む。
ミスをして鉄棒から二度も落下する。
対戦チームのミスによって勝ったり上位に行ける。
相手のミスを祈る。……
空海は「みんな思っていい、感じていい、やっていい」と受け入れます。
と書けば、「おいおい。なんちゅーこと言うねん」と叱られそうです。
しかし、これこそ空海が到達した境地――《全肯定》です。
私の『空海論』前半ではこの「全肯定」について詳しく書いていません。
空海は儒教→道教→仏教遍歴、二度の求聞持法修行によって全肯定の萌芽を得ます。
その成果(とも言いづらいほどのかすかな目覚め)は『三教指帰』序と結論の漢詩に認めた。
23歳の暮れのことです。数えだと「三八の春秋」。本格的な獲得・体現はそれ以後にあります。
一般的には密教の深奥が「全肯定」であり、それは空海が入唐(31歳)後現地にて学び、日本に招来したと理解されています。
しかし、私は「空海は日本在中から全肯定の境地に達していた」と考えています。
なぜこの仮説が成り立つのか。
それは空海が入唐(長安入京後)わずか半年で密教第八祖となっているからです。
すなわち、密教の相承者として免許皆伝を取得したことになります。
こんなの普通「ありえへん」事態です。
たとえば、日本の華道茶道、柔剣道……師匠がいて弟子が日々鍛錬と修行に励んでいる。
ところが、師匠はある日突然外国からやって来た新参者に免許皆伝(=師匠の資格)を与えた。これと同じことです。
弟子たちは下の者意識から黙っているけれど、口をとがらせ「なにそれ?」と憤懣やるかたない。
対して師匠は言うでしょう。
「お前たちはまだまだ修業が足りぬ。だが、彼はすでに宗匠たるにふさわしい見識、技能を持っておる。だから、免許を与えるのじゃ」と。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:一読法の復習です。最後に「全肯定」についてちょっと触れています。
読み終えたらつぶやいていい言葉(疑問)があります。いや、あるはず。
それは「みんな思っていい、感じていい、やっていい――とあるが〇〇もか?」とのつぶやき。〇〇には「これ」が入ります。
では、その中身を文中より具体的に列挙してください。「これもか、あれもか」と例示できるはずです。「わかんないよ」と言う方は再読しましょう(^_^)。
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