○ 偶然を伏線と見て 自らの生き方 少し変えてみようか
ゆうさんごちゃまぜHP「狂歌教育人生論」 2026年3月25日(水)第 279号
まずはどーでもいいお話から(^.^)。
前(278)号は3月13日(金)の発行でした。
それまでずっと水曜発行だったのに、突然金曜の配信。
「おやーどうした。何かあったかな?」とつぶやいたかどうか。
つぶやいた人は一読法初段復活認定。
ちょっとの異変に「おやっ!?」とつぶやくのが一読法的生き方です。
で、答えは「水曜発行を忘れていたから」なんであります(^_^;)。
もちろん言い訳的理由があります。
脳梗塞が発症して入院となったいとこのもろもろを毎日のように手伝っていました。
いとこはすでに廃業した旅館に再婚した奥さんと二人で住んでいました。
奥さんには軽い知的障害があります。すでにヘルパーも入って日常生活は営めるものの、大きな建物に一人暮らすのは厳しい。
そこで彼女の弟さんと社協の人が相談して当分の間老人ホームに入居することになりました。当然自宅は空き家となる。
いとこには前妻との間に息子が二人いるけれど、遠方なのでとても帰ってめんどうをみられない。そこで、私がいとこに代わって空き家の電気、ガスの停止とか郵便物を私に転送するとか、その合間今後について社協や役場の担当者と相談するなど……雑務がたくさんありました。それで「うっかり」となったのです。
姪から「どうしておじさんがそんなに世話するの。お人好し過ぎる」と言われたときは「腐れ縁なんだ」と答えました。実のところ少なからぬ恩があってそのお返しのつもりでした(この件はいつか語るかもしれません)。
そこで、今回は前号「後記」に記した「人生の伏線」についてもう少し深掘りしておきます。
結果、ある決意をほぞ噛みメルマガ読者に語らねばなりません。
(^_^)本日の狂短歌(^_^)
○ 偶然を伏線と見て 自らの生き方 少し変えてみようか
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
前278号「後記」に以下のように書きました。
-----------------------------------------------------
後記:このたまたま(偶然)は私に何を教えるのだろうか。私はそれを考えざるを得ません。
折しも伏線や偶然について書いています。伏線は小説の話だけでなく、自分の人生にも起こるのだと。
いとこは一度目、二度目の脳検査の時「異常なし」と言われた。おそらく医師は「三度目は脳梗塞かもしれないから、クスリをきちんと飲んで飲酒など生活習慣を変えなきゃ」と警告したと思います。が、それを真に受け、自分を変えることは(とてつもなく)難しい……。
-----------------------------------------------------
本文ではネット記事「脳梗塞発症の危険因子」も紹介しました。
いとこはアル中と言えるほどの酒飲み。昼を過ぎると水を飲まない。
以前理由を聞いたら「酒がまずくなるから」と答えました(^.^)。
お昼にクスリを飲まなければならないとしても、飲んでいなかったでしょう。
また、塩味好きな高血圧、糖尿病は境界線だったものの心臓も弱い。
10年前膝を痛めて近年はよちよち歩き状態。
当然運動どころか散歩さえしない。
いとこはこのような生活を続けたことに対してどう思っていたか。
「もういつ死んだっておかしくない。だから、自分の好きなことをやるんだ。いやなことはしたくない」と語っていました。
そのとき私は次のように言ったもんです。
「ぽっくり死ねればいいよ。でも、生き残ることも多い。半身不随で生き延びたら後が大変だよ」と。
残念ながら、この予想が的中しました。
彼は母方のいとこですが、私には数歳年上の父方のいとこ(男性)もいます。
こちらはメルマガ類にとんと登場したことはないけれど、一度だけ書いたことがあります。
2012年6月、私が東京を引き払い、実家のある大分に帰郷したとき記した狂短歌メルマガです。
狂短歌人生論 144号「『そのうち』はない?」
冒頭の狂短歌が以下。
-----------------------------------------------------
〇 そのうちに何々しよう そのうちに 思うばかりで時は過ぎゆく
-----------------------------------------------------
本文末尾に父方のいとこが登場します。
-----------------------------------------------------
帰省後親しくしているいとこに東京みやげの「スカイツリーカステラ」を持っていきました(^.^)。
そのときいとこの奥さんが語った言葉が印象的です。
いとこは六十代半ばですが、八年前脳梗塞を発症して左半身が不自由になり、最近なんとか杖をついてのよちよち歩きができるようになりました。しかし、左手は不自由なままです。
いとこの奥さんは「退職したら、二人で旅行とかいろいろ行こうと思っていた。でも、それができなくなった」と嘆いていました。ここでも「そのうち何々しよう」がなくなったんだなと思ったことです。
○ そのうちに何々しよう そのうちに はたと気づくと もはやできない
-----------------------------------------------------
冒頭の狂短歌と文末のそれは下の句が少々違います。
冒頭はいわば人生の渦中であり途中。文末はある一大事を受けての感慨。
後悔ってこのようなときに発生します。
しかし、後の祭りであり、正に後悔先に立たず……。
ただ、後悔なんぞしないこと(人)もあります。
事件事故によってそのままあの世に召されることです。
死後の世界への階段を上りつつ、後ろ髪引かれる気持ちであっても、現世に戻ってやり直すことはできない。
下手に生き残るより一気に死んでしまった方が気楽な感じ。
大きな震災の後「あのまま死んでしまった方が良かった」とはよく聞く言葉です。
ところが、そうは問屋が卸さない。生死は自分の思い通りにならない。
ちなみに、私の母は古稀目前大腸癌で亡くなりました。
父の方は傘寿を過ぎたころ胆管癌で鬼籍に入りました。
二人とも癌が発見されたときはすでに末期。
医師はどちらも「余命半年から1年」と言い、母は1年半、父は1年弱で逝きました。
ということは私もそのうち癌が発症すると予想できる(^_^;)。
それも末期であろうと。
なぜなら、私はがん検診を一つも受けていないからです。
そして、父方、母方のいとこ二人に脳梗塞発症。
生活習慣病を持つ私もこれまた「脳梗塞発症」予備軍。おやおや。
このようにいろいろ考えているとき、もう一人ある友人を思い出しました。
こちらも狂短歌ジンセー論メルマガに一度だけ登場しています。
2004年12月の 第41号 「ある躁鬱競馬鹿(けいばか)H氏行状伝」です。
冒頭の狂短歌は以下。
-----------------------------------------------------
〇 「バカヤロー! なんでもう死にさらすんや」心に秘めて棺をのぞく
-----------------------------------------------------
当時H氏は五十代半ば。私を競馬に引きずり込んだ張本人です(^.^)。
もちろんそのことで彼を恨んだり、その後のもろもろが「彼の責任だ」などと言うつもりはありません。私がギャンブルに浸る資質を持っていたからであり、彼は単に私を目覚めさせたに過ぎません。
そして、私の前半生における唯一の競馬友達でした。
彼は以前なら躁鬱病、現代では双極性障害と呼ばれる病気の持ち主で、職場では躁と鬱を繰り返しました。そして、2004年11月28日(日)――それは競馬GIジャパンカップ当日の夜。休職して実家にいた彼から私に電話がありました。
内容は「生まれて初めて3連複・3連単を的中させた!」と歓喜の電話だったのです。
1万ほど注ぎ込んで7万も嫌い戻しがあったと嬉しそうに語っていました。
私は彼の両親と顔見知りだったので、「良かったね。両親に何か買ってあげたら」
と言いました。
すると彼は「親父は何買ってやっても喜ばないんだ」とさみしそうに答えたものです。
その翌日(月曜)勤務を終えて帰宅すると、電話が留守電状態になっており、H氏のお父さんからでした。
聞けば「息子が昨夜死にました」と吹き込まれていました。
どうやら私に馬券的中の話をした後、深夜倒れてそのままだったようです。心筋梗塞でした。
競馬友達の死を悼んで13種の狂短歌を詠み、メルマガに掲載しました。
以下はその中の四首。
○ 「3連単万シューとった!」と歓喜の電話 今日は親から訃報の知らせ
○ 30年躁で半分欝半分 生きた実感2分の1か
○ 躁鬱の病の果ての突然死 それも人生これも人生
○ 親よりも先に死ぬとは親不孝 されどぽっくり死んで親孝行
実は2月末に白内障の手術を受ける前、ある不安を感じていました。
もしも手術が失敗して両眼失明となったら……
「やべえなあ。この歳になって一から点字を勉強するのは厳し過ぎる」との思いです。
私の父、競馬好きのいとこも白内障の手術を受けていました。
ある友人に「今度受けるよ」とメールしたら、「オレは10年前にやったよ」と言われ、(初耳だったから)「えっ、そうなの」と驚くばかり。
そして、誰も白内障の手術が失敗したと漏らすことはない。
十中八九成功する。わかっちゃいるけど、初の失敗が私かもしれない。
私の考え方や感じ方の基本は空海の「全肯定」だから、もちろんその事態になっても受け入れる(つもり)。
でも、不安を感じた自分の弱々しい感情も否定するつもりはない。
もしも白内障の手術が成功したら、やろうと考えた筆頭は『空海論』後半の完成です。ただ、この段階では空海論を執筆しつつ、いつもの競馬ほぞ噛み予想も続けるつもりでした。
そんなときに起こった競馬好きいとこの脳梗塞発症。
彼は果たして競馬に復帰できるかどうか。右手一本でスマホを操れるかどうか。
彼は私の後半生、唯一の競馬友達。退院できたとしても、施設に入れば、二度と一緒にテレビ観戦することはない。
こうなると、さすがに「もしも自分に脳梗塞が起きたら」と考えざるを得ません。
軽度であってもおそらく左手が使えなくなる。しばらくは入院しての治療とリハビリ。右手だけでキーボードを打てるようになるまで、一体どれくらいかかるだろうか。当然全てのメルマガは休刊しなければならない。
今までそのような事態を予想したことはありません。
しかし、もしも脳梗塞や癌が発症して入院するとしたら、その事態を受け入れつつ「あれをもっと早めにやっておけば良かった」と後悔するのは何だろう――そう考えると、答えは明らか。空海論の完成です。
そこでほぞ噛み予想を半減させることにしました。
GIは年間22レースほど。それを半減させて空海論に集中することにします。
ほぞ噛み読者にはご理解いただければ幸甚です。
〇 偶然を伏線と見て 自らの生き方 少し変えてみようか
〇 この偶然我に起こるかもしれず 競馬メルマガ半減させる
=================================
最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:ラストまで読んで、以下のようにつぶやきましたか。
「競馬メルマガ半減はわかったが、どうして1年間休刊にしないんだ?」と。
いい疑問です。一読法2段を進呈(^.^)。
答えは以下。
2004年創刊の競馬メルマガ(予想と回顧)は通算1100号を超え、これまで一度も休んだことがありません。しかも、長文になってしばしば読者をうんざりさせています。
これまで何度か「短くする」と宣言して……守れたことがありません。
理由はそれが最も楽しい執筆活動だから(^_^;)。
また、他のエッセー、論文、小説に行き詰ったとき、悩みなど感じることなくすいすい書ける文章でもあるから。
ただ、発行のためにはデータの収集、整理、執筆など一週間のうち金〜月の4日を使わねばならない。
なので半減するしかないわけです。
競馬メルマガ読者各位へ
しばしの中断ご理解いただきたいと思います。m(_ _)m
空海論完成後はびしばし当てる予想を再開しますので。
えっ、「それは期待薄だけどな」ですって?
むむむ……(^_^;)。
Copyright(C) 2026 MIKAGEYUU.All rights reserved.